住職の法話

生かせいのち

「生かせいのち」とはお大師様(空海)の教えを現在の言葉で端的にあらわした言葉です。また高野山真言宗の教えでもあります。

 一般にはお大師様の教えには奥が深く難解であると考えられますが余り難しく考えないでください。
 最初にお大師様のお言葉の「即身成仏」とは読んで字のごとく理解をしますと「即ちこの身仏に成る」という事で、このことは僧侶が厳しい修行を積んで成り得ることですがお大師様の以前の仏教では全く考えられない新しい考えであったのです。つまり生身の人間がそうやすやすと仏になんかはなれないと思われていたのを簡単に「即身成仏」と言い放ったのですから当時は大変な事だったのです。つまり一瞬にして仏となれるのですから。
 
 このことをもう少し我々の一般的なことに当てはめてみますと、ただ気の持ちようを少し改めるだけで幸せになったり不幸になったりしてしまうのです。人から見て幸せの絶頂にある人が意外にも幸せとは感じていなかったり、逆にとんでもない不幸に見える人が実は幸せであったりするのです。そうです、とんでもない病気で生死をさまよっている時でも生きている幸福を感じられる人は本当の幸せ者なのです。
 
 しかしながら他人から見てうらやまれるような人でも心が寂しいと不幸者なのです。どうぞ一時の心の切替えで幸福に成ってください。そうして生きている間精一杯命の炎を燃やしてください。それが「生かせいのち」なのです。

 自分の心のもちようで、不幸も幸になれるものなのです。