住職の法話

涅槃会

涅槃会とは、お釈迦さまの入滅(亡くなられた)された2月15日の行事のことです。
この日は寺々において、涅槃図を掛け各法会を行います。
お釈迦さまの伝道は北インドのガンジス河を中心に、45年間の永きにわたりました。80歳となられたお釈迦さまは、阿難と数名の弟子をともなって、王舎城からクシナガラへと伝道の旅をなされるのです。自らの入滅を予感され、生まれ故郷のカピラ城へ向かわれたようです。
お釈迦さまは王舎城の霊鷲山を出発されて北へ道をとり、ナーランダを経てガンジス河を渡られます。それからベーサリーに至りますが、この時にお釈迦さまには病による激痛がおこったようであり、自らの死期を予告されました。
お釈迦さまは疲労をおさえながらも、なおも歩み進められパーバーに着かれます。ここで鍛冶工のチュンダの供養を受けられるのですが、お釈迦さまはこの食事で更にはげしい腹痛をおこされます。重病にもかかわらず、弟子達の助けをかりつつ、お釈迦さまはさらに歩みを進められるのです。カックッター河で沐浴され疲れを癒やされた後、ビハール州クシナガラのサーラ樹林(沙羅双樹)にたどりつかれます。ここに至ってお釈迦さまは力尽きられ北を枕にして身を横たえられました。お釈迦さまは身を横たえられたまま、そこに集まった人々を前にして最後の説法をなされます。その教えが「遺教経」であります。

そして、静かに如来としての永遠の涅槃に入られるのです。阿難経典には「大地震がおこり、人々の身の毛はよだち、天上では自然に天の鼓が鳴った」と伝えられています。お釈迦さまの入滅は、この世のいかなる悲しみにも、たとえることのできないほど深いものであったことをうかがい知ることができます。その様子は「仏涅槃図」として描かれ広く一般に知られています。涅槃図には真っ白い花をつけたサーラ樹の下で、お釈迦さまは頭を北に顔を西に向け、右手を枕にして横臥し、周囲には十大弟子をはじめ、老若男女、鳥獣たちさえも嘆き悲しみ、百獣の王である獅子までが、仰向けになって慟哭している様子が描かれています。画面右上には、天からかけつけたお釈迦さまの母君、マヤ夫人が描かれています。そして、お釈迦さまの母君とは次のような話が伝えられます。 「それは、お釈迦さまが入滅されたというので、悲しみの極みにある情景は、一転して歓喜の光景と変わるのです。といいますのは、一度金色の棺に納まったお釈迦さまが、威神力によって棺の中から身を起こされ、天から駆けつけられた母親の為に生死の真理を説かれたからです。この光景を、釈尊の金棺出現といいます。」
涅槃というのをたんなる「死」ととらえている方がいますが、それはまちがいです。涅槃とはサンスクリット語の「ニルバーナ」を音訳したもので「火の消えた状態」という意味です。つまり、煩悩の炎を消し去って悟りを開いた状態のことであります。そして、最後に、お釈迦さまのいのちの火が消えてしまった入滅のことを、完全な涅槃ということで「大般涅槃」と呼んで、永遠のやすらぎを示されたものであります。
お釈迦さまは、人間が煩悩や業や苦の現実から解放される道を示され、生きることの本来的意味を明らかにしてくださいました。お釈迦さまがこの世に出現なされたお陰で、私どもはすくいの道、仏道をあゆむことができるのです。そのようなお釈迦さまの遺徳に永遠の感謝をささげることを自らに誓う法会であります。