住職の法話

お盆/盂蘭盆会

お盆とは「盂蘭盆」の略語、サンスクリット語で逆さまに吊すという意味の「ウランバナ」が音訳されたものといわれています。亡き母が餓鬼道に堕ち、逆さ吊りにされて苦しんでいるのを知った目連尊者が、師匠の釈迦に母を救う術を尋ねたところ、アンゴあけの七月十五日にご馳走を作って僧侶に供養すべしと教えられたのがその由来であります。

わが国の朝廷で行われたのは推古天皇(606年)十四年七月十五日斎会を設けたのが初めてとされ、斎明天皇(657年)三年七月十五日飛鳥寺で盂蘭盆会が催されたとあります。

江戸時代以前のお盆行事は武家、貴族、僧侶、宮廷の上層階級で主に催され、一般庶民に広まったのは江戸時代のようです。江戸時代に入ると庶民の間にも仏壇やお盆行事が普及し、又、ローソクが大量生産によって安価に入手できるようになってから提灯がお盆にも広く用いられるようになりました

しかし現在日本では一般の認識として「お盆」とは亡き人の成仏を願うというよりも、亡くなった肉親縁者がこの世に二泊三日で戻ってくる期間という意味合いの方が強く感じられます。

もともと死者が戻ってくるという信仰自体はは仏教のものではありません。基本的に仏教では、死者は死後四十九日が経つと地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人間界、天界の六道いずれかに転生するといわれています。(お葬式は六道に堕ちないように、極楽浄土に往生するために行うものとされます)そして赴いたそれぞれの世界で修行を積み、あるいは罰を受けた後、また生まれ変わるという輪廻転生の思想があったからでず。

そのため死者の里帰りという思想は、仏教伝来以前の祖霊信仰に属する思想にみられます。しかし仏教はこの里帰り信仰を否定せず、偶然同じ時期に死者の成仏を願う「盂蘭盆」の会があるのをさいわいに、仏教行事の中に取り込んだとも考えられます。

死者が戻ってくることなど有り得ないのだ、と教理教義を尽くして説いたとしても、民衆が長年にわたって育んできた情緒、気分というものはそう簡単に変えられるものではありません。

このように日本人は祖霊信仰と仏教を重ね合わせ、先祖供養をする信仰を伝統的に行ってきました。先祖を思うその心を毎年毎年大事にしてほしいものです。